なぜ最近の街や人はこんなに綺麗なのか?昭和の「泥臭さ」と平成の「洗練」から考える、現代の生きづらさの正体
最近の30代〜40代の方々を見ていると、昔に比べて圧倒的に清潔感があり、センスが良く、他者への気配りも非常にスマートだと感じることが増えました。 昭和の時代にどこにでもあった「雑さ」や「体育会系の強圧的な空気」が綺麗に削ぎ落とされ、街も人も洗練されたのは、間違いなく社会全体の素晴らしい変化です。 しかし、その「スマートさ」や「過剰なまでの空気の読みやすさ」の裏側で、私たちはどこか常に疲弊していないでしょうか? --- 1. 「他者への最適化」がもたらす疲弊の構造 平成と昭和のイメージ図 平成 昭和 昭和という時代が** 「自分のエゴを泥臭くぶつけ合う時代」 **だったとすれば、平成以降の現代は** 「他者の視線や場に自分を最適化する時代」 **と言えます。 摩擦を起こさない綺麗さ 失敗や矛盾を過剰に恐れる繊細さ 場の空気を乱さない協調性 これらを徹底して身につけた結果、現代人は「摩擦のない快適さ」を手に入れた反面、** 「自分が本当に何をしたいのか」という原点(自我) **を見失いやすくなっているように思えます。 そんな社会の縮図のようなものを、私は今朝見た「ある奇妙な夢」の中で突きつけられることになりました。 --- 2. 夢の中に現れた「昭和」と「平成」の象徴 今朝、目が醒める直前に見ていた夢の出来事です。 私はなぜか、タレントの**藤岡弘**さんと**金子貴俊**さんと一緒に、みかんを拾ってビニール袋に詰める作業をしていました。 みかん狩りのイメージ画像 作業中、袋に記載する「みかんの個数」について疑問が生じます。 直属の女性上司に確認し「袋に個数が書かれていれば問題ない」という見解で一度は一致したのですが、ここで金子貴俊さんが繊細な指摘を投げかけてきたのです。 **金子** :「でも、この前『小袋入りのみかん』をまとめて大きな袋に入れた時は、表に個数を書いてなかったよ? 袋全体の量と表の記載がズレてないかな……」 確かに彼の言う通り、計算が合っていません。 「もう一度さっきの女性上司に相談してすり合わせよう」と私が提案したのですが、ここで藤岡弘さんが豪快かつ強引に割り込んできます。 **藤岡** :「男に二言はない! 女性上司とこれ以上話すのは嫌だから、別の総括上司に報告しに行くぞ!」 ...